最初にAKB48を知ったのは、
おそらく2006年、
ラジオから流れてきた、彼女達のデビュー初期の曲、
「スカート、ひらり」とインタビュー。
その当時は、秋葉原というネーミングのためか
いわゆるオタク受けを狙ったアイドルグループが出てきたかぐらいにしか考えな
かった。
2010年になり、
AKBが本格的にブレイクしたときも大して興味はわかず、
名前を知っているメンバーといえばTV等への露出が多い、
前田敦子、板野朋美ぐらいだった。
本格的にAKB48に興味を持ち始めたのは、
2011年の秋に機中で、
実写版「もし高校野球のマネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだ
ら」を見てからだと思う。
ご存じ不動のセンター前田敦子主演の映画であるが、
彼女の演技力についてはノーコメントとさせていただいて(笑)、
私が注目したのは北条文乃役の峯岸みなみであった。
決して美人だとは言えないが(失礼)、
スクリーンにおける峯岸の存在感は大きく、
彼女の助演によって、この映画は映画たり得たように思う。
峯岸みなみに興味をもったのがきっかけとなって、
私はAKB48関連の記事に特に注意を払うようになり、
昨年末に産経新聞で連載された秋元康氏のインタビュー記事も熟読した。
(彼らの心が折れない理由(小松成美)2011年11月6日)
そして、AKB48と劇団四季とがとてもよく似ているということに気づいた。
劇団四季は、
浅利慶太氏主催の職業演劇集団である(四季株式会社)。
四季の特徴は、
世界に類をみない専用劇場の所有によるロングラン公演と、
自前の稽古場および俳優育成システムにある。
四季の公演の出演者はすべて専属の俳優、女優のなかから選抜される。
研究生コースを持ち、
研究生オーディションに合格した者に対して1年間のレッスンを施し、
卒業試験に合格した者だけが、
劇団に残ることができる。
(見学に行った劇団四季稽古場に貼ってあった)
AKB48は、
秋元康氏がプロデュースしたアイドルグループである。
AKB48の特徴は、
「会いに行けるアイドル」というコンセプトの元、
秋葉原に専用劇場を持ち、日替わりでほぼ毎日公演を行っているところにある。
メンバーは原則としてプロダクションに所属していないことを条件に
オーディションによって選ばれ、
すべての合格者は自前の育成システムの下で
専用劇場での公演を前提としてレッスンを受ける。
初期の合格者(旧チームBまで)を除き、
合格者はすべてまず研究生枠に所属し、
育成過程を経て
適宜A,K,Bのそれぞれのチームに所属するシステムとなっている。
選抜総選挙という
ニューシングルに参加するメンバーを選抜するための選挙が行われている。
どうだろう、
多くの共通点が見つかるのではないだろうか。
劇団四季のシステムは、浅利氏ら創業メンバーが、
日本というマーケットにおいて、
芝居だけで劇団員が生活できる経営を実現するために考えだしたものである。
アメリカやイギリスのように長い演劇の歴史を持つ国々においては、
公演ごとのオーディション、劇場の確保によっても
それなりのレベルを保ち続けることができる。
しかし日本においては、
俳優の養成をマーケットに任せることはできず、
また興業によって俳優を食わせて行くことは困難であった。
そこで、浅利氏らは、高水準の芝居をできるだけ長く上演し、
安定した集客力をもつことが必要だと考え、
長い年月をかけてそれを実現したのである。
AKB48も秋元氏らが、
大きな金銭的負担なしに
アイドルになれるための仕組みを作ろうという考えから生まれている。
よって、メンバーは
レッスン料、オーディション料、衣装代などの負担をする必要がない。
おニャン子クラブを成功させた秋元氏は、
1988年に日本を離れ、ニューヨークに渡っている。
そこで彼は日本における昔からのタレント養成システムに限界を感じ、
劇団四季の仕組みを参考にして、
日本のマーケットに合ったオリジナルな取り組みを始めたのではないだろうか。
秋元氏は前出の産経新聞のインタビュー中、
次のような発言をしている。
「25年前に『おニャン子クラブ』というチームを全国優勝に導いた監督が、
久しぶりに秋葉原にできた新設校に、監督として迎えられた。
選手に『みんな頑張れ、甲子園目指すぞ』と、言ったものの、
集まった選手は野球をやったことがない子たちだった。
その弱小チームの孤軍奮闘のドキュメンタリーがAKB48なんです」
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/111106/ent11110613020005-n1.htm
私は、AKB48は、
日本の芸能界における一つのイノベーションだと考えている。
なぜイノベーションと言えるのかについては、別の機会にまた詳しく書きたい。
(べんりい)